2014年07月02日

子供を自転車に残して母親が郵便局に入って行きました

昨日、べーその前で、自転車に幼児(3歳前後)を

残したまま郵便局に母親が入っていきました。

私は、コラ!とその母親に一言注意しようと

思いましたが、ママの世界では当たり前の

事なのかと一瞬思い、不可解ながらもやり過ごし

ました。

子供を置いていく、いかないの線引きって

あるんでしょうか?


私もえらそうな事は言えません。

しかし、似たような状況で私の幼児期の

失踪騒動をお話して参考になればと思います。


私が幼稚園児のとき、母親と商店街のバス停で

バスを待っていた時のこと。

バスの時間まで余裕があったのか、母親が私に

「ちょっと行ってくるから、ここに居てね」と

言い含めて、バス停の後ろの商店街の服屋に

入っていきました。

しかし私の記憶は、気が付いたら母親が居なくなって

しまった、という事態な訳です。

記憶では、服屋に入って母親を探したので、「ここに

居てね」という母親の言葉も聞こえてなかった訳で

はなかったのでしょう。

しかし、母親を見つけられない私はバス停に戻ると

前方に走っていくバスを見て(行き先もわからない)

「お母さんが行っちゃった」と思い込みそのバスを

追いかけ走り出しました。

子供を置いて母親が一人バスに乗って帰ってしまう訳が

ないのに。街で母親の姿が見えないことでパニックに

なっていたのでしょう。


幼児の駆け足で、バスを追いかける無謀な事態が

始まりました。

それでも、500メートル位走ってそのバスに追いついたのです。

バス停に止まったバスの中をバス停越しに必死に探しました。

しかし母親は居ませんでした。(居たらそれはそれでスゴい事

ですね笑)


そこで私が思ったのは、一本前のバスなのかもしれない、と再び

10キロはある家方向へ一本前のバスを探しに走り出したのです。

ここまでくるともう涙、涙ですよね。

それから3キロは走りましたか(すべて坂道です汗)、偶然

父親の運転する車が前方から来てクラクションが鳴ったのです!

そこで無事父親に確保されました。

その間母親はどうしていたのか


詳細を話すと、服屋から戻ってきた母親はバス停に私がいない

ことで大焦り。

ちょうど、学芸会の帰りだったので、商店街には帰りの先生や

親たちがいて、みんなで大騒ぎで私探しが商店街で始まりました。

(携帯などはない時代です)


家で出勤を控えていた父親も連絡を受け、商店街へ探しに行くか

出勤するか、とにかく家から商店街へと車を走らせていた途中

だったそうです。

父親との会話、その後母親との対面などの記憶はありません。

しかしこのような経緯で失踪した私は無事でした。

母親は父親にこっぴどく叱られたそうです。


さて、このような経験から、幼児の思考を私なりに

お話します。

まず、

1、親に頼み事をされると大人扱いされたと思い「うん、わかった!」

と心配なく返事をするが、その記憶は所詮すぐに曖昧になる。

2、母親の姿が見えないとパニックになる、まだそんな年齢だ。

3、特に普段よく怒られている子供は、容易に「自分は置いて行かれ

た」と解釈してしまう。

4、家族がすべて、の年齢なので、街で一緒にいた親の姿が

わからないと、家に帰ろうとする。(その間に交通事故の危険もある。

信号など目に入らない)

そこに留まったり大人に

「迷子になっちゃいました」、と言うのは稀。

そして基本はそこで泣き喚くのだろうが、稀に男児はそうでも

ない。


これらの事からすると、たとえ短時間でも、たとえ連れ去られる

危険が100パーセントなくても、幼児の「うん、わかった!」

を信用というか鵜呑みにはしてはいけない。

冒頭の「自転車に子供を残して、郵便局に入って行った

母親」に不可解な思いを抱いたのはこういう経験が

あったからかもしれない。





posted by べーそ at 21:55| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
フェイスブックから来ました。

子供を一人で残す危険とは別に、
子供が自転車から落ちる危険と、
自転車が倒れる危険があります。

何かあってからでは遅いのに
危機感のない親が多いように思います。
Posted by みぃ at 2014年07月03日 04:35
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